Q: 中国語のパソコン用語はいったいだれが決めているのですか? すごい勢いで輸入されてくるであろう外来語を, 皆さん!今日からこの漢字とこの漢字を使ってこう表記しますよ!と決めているのは一体だれなのかしら,と不思議 な気がするのですが・・・?  (1999年)
A: まず第一にメーカーです。
ハードにしろ,OSにしろ,アプリケーションにしろ,まずローカライゼーションを行うのはメーカーです。 英語版が出ると,日ならずして日本語版,中国語版も出ます。そして付随するマニュアルも各国語でそろいます。 画面上のメニューやヘルプの内容は最初から定訳となります。
たとえばWORDの“help”は日本語版で「ヘルプ」,中国語版では「幇助」と訳され, “save as”は日本語版で「名前を付けて保存」,中国語版では「存為」 と訳されましたが,これらはもちろんマイクロソフト社の開発陣が訳したわけです。

第二にパソコン雑誌などのマスコミです。
彼らの書く最新製品紹介の記事には訳語のトップバッターも出現しますし,さまざまな新しい概念をユーザー に普及させてゆきます。

第三に多くの技術者も含む一般ユーザーです。
雑誌への投稿や,BBSや,HPを通じて,それまでにあった複数の訳がしだいに淘汰され,最後は みんなが最もよく使う語が定訳として定着してゆきます。
実際は定訳にいたるまでさして時間はかかりません。それでもやはりいくつかは依然として複数の 訳語が並行して使われています。コンピュータの訳語「計算機」と「電脳」も並行訳語です。 インターネット「国際互聯網」と「因特網」も並行訳語です。メーリングリスト「郵件清単」と 「郵逓列表」も並行訳語です。

以上は民間での動きですが,
第四に政府による規範化の動きがあります。
国務院の諮問機関で「全国科学技術名詞審定委員会」(名詞委)というのがあります。 97年6月(第一次),98年7月(第二次)に合わせて約40語を「推薦訳詞」として発表しています。 その中にはインターネット「因特網」,WWW「万維網」,eメール「電子函件」などがあります。 しかし発表のスピードがあまりにものろくて,その間にも続々と生まれる新語・新技術にはおいつきそうも ありません。





Q: 日本語のパソコン用語はカタカナばかり,もっと分かりやすい日本語に訳すべきでは?  中国語ではきちんと漢字に訳していますよね。 (2000年)
A: 日本語のパソコン用語は確かにカタカナばかりですね。日本語のかなが 表音文字で,英語の綴りをそのままヒョイヒョイ移してこられるからで しょう。言ってみれば,音訳カタカナ語は実にスピーディな受容が可能で,それはそれ で日本語におけるたいへん有利な道具だと考えております。


しかしファッション用語のようになんでもかんでもフィーリングだけで “アクティブなトップとナチュラルなシェイプラインのボトムがトレン ディーなデーリーアイテム…”とか続けられると,ちょっとカタカナ 多すぎるんでないか?となるわけです。
日本語で言えることはできるだけわかりやすい日本語にしたいですよね。


パソコン用語もファッション界同様,カタカナばかりですが, こちらは技術の進歩があまりに急速なため,十分熟した訳語にする余裕が なくカタカナ語がそのまま固定されてしまうのでしょうか?あるいは パソコンフリークたちの陰謀なのでしょうか?
わかりやすく正確な日本語に訳す努力をおこたっているとか,あえて専門的に装って しろうとを切り捨てるとか,なにはともあれ英語が好きとか,いろいろ原因はあるでしょうが, 言語自体は合目的性を持っていると信じています。残るものは自然に定着し, 淘汰されるものは消えていくということになるでしょう(やや楽天的)。
現在カタカナ語が多いのは,やはりその多くが日本語ではその概念を正確に表せないから こそカタカナのままになっているのだろうと思います。まあ,それ以前に日本語に カタカナという便利な文字があり,新しい言葉を何でもどんどん移入できるということが 根本原因でしょうけど。こういう便利なものがあればどうしても使ってしまうのが 人情というものです。


さて,中国語(以下,大陸限定)のパソコン用語ですが, 中国語は表意文字であまり音訳に適さないためか,ほとんどが意味から訳した 意訳となっております。
プロパティなんて言われてもピンときませんが「属性」と言われればよくわかります。 ちょっとあげてみても,ハングアップは「死機」だし, ウイルスは「病毒」,デスクトップは「卓面」,サーバは「服務器」, ハブは「集線器」,モニターは「監視器」,エラーは「錯誤」です。 いずれも訳語がきっちり漢字に訳されているので 日本人が見てもとてもわかりやすいです。
ああ漢字をこんなふうに使っているのかとびっくりします。中国語=漢字の持つ表意性の強さに改めて 感心することでしょう。さらには,中国人がパソコン用語をきちんと自分たちの言葉に 訳しきっているのを見て,カタカナばかり使う日本語を軽薄に感じてしまうかもしれませんね。 実は中国語のばあい,ほかに文字がないからしかたないのですが・・。中国語の性質自体に 訳語を真剣に選ぶよう努力せざるを得ない面があるわけです。


ところで,漢字ばかりで表記されるパソコン用語は日本人にはある種ユーモラスに 感じられるらしく,私のほうにいただくメールでも「つい笑っちゃいました」「爆笑!」 というような感想をよくいただきます。この点は,中国人側から見れば,全然 おかしくも爆笑でもなくて,ごく普通のことばにすぎないです。逆に日本に来た中国人が 「我孫子」(あびこ)という地名(中国語では:ばかやろう)を見て吹き出したり, 「有難う」という表記を見て何か「難しい」ことでも「有る」のかしら?へんね〜,と思ったり するのも同文ならではの現象でしょう。


中国語は意訳中心と言いましたが,いくつか音訳もあります。 たとえばハッカー「黒客hei1ke4ヘイコー」。音訳であると同時に無法者という (本来のハッカーの意味には反しますが)ニュアンスも反映されたおもしろい訳です。 どうも完全な音訳よりも意味をちょっとだぶらせたものが定着しやすいようです。 ペンティアム(商標)も「奔騰ben1teng2ベントン」と音訳ですが,奔騰するという字面から はいかにも快速なCPUといった印象を受けますよね。


中国語の意訳の欠点は複数の訳語が発生しやすいことです。日本語にはカタカナがあるため, 和語(または漢語)にできるものまでカタカナ英語にしちゃって軽薄なのは困りものですが,でも一本化しやすい。 もし意訳でやろうとするとおそらく中国語以上にこの多様性の問題にぶつかるでしょう。
中国語には「漢語」しかありませんが,日本語には (1)訓読の「和語」,(2)音読の「漢語」,(3)カタカナの「洋語」?…と3種類もあるからです。 レストランの和洋中華みたいですが。日本語化に積極的な方は(1)(2)の訳語を提唱しているわけですが, 実際には日本語化と言いつつどうも(2)漢語に偏っていくようです。これも本来は外来語だったのですけどね。
現代のカタカナ語はかつての漢語(外来語)に相当するので,USAからのパソコン概念 導入にさいしてカタカナ語が増えるのも自然な国語現象だと思うのです。
それに,カタカナ語は音韻的にすでに「日本語化」しているし,インストールという語だって「〜する」というサ変動詞 として使っているわけですから,文法的にも完全に「日本語化」は果たされています。なお,日本語に和洋中華がまじって いるのは,日本語の豊富多彩でアナーキーで楽しい面だと思います。


中国語ではインストールは「安装(据え付ける意)」と言いますが,日本語では何とすればよいのでしょうか? ・・・設置? 導入? サーバ「服務器」はどうなりますか? ダウンロード「下載」はどうなりますか?   ……などなど,いろいろ出そうですが。無理やり日本語化しようとしても言葉じたいが 言うことを聞かないでしょう。
パソコン用語の日本語化については次のサイトが試みているので(半分ジョークらしいですが)ご参照ください。 「パソコン操作日本語化運動」
(ああっと,ここはすでに無くなっていました。日本語化のしにせでずいぶん長く続いていたのに残念!)
「Welcome to ELSchool's PC terminology」
(ここはちょっと量が少ない)
パソコン用語が対象ではないが,わかりにくい外来語の言い換え案を発表した 国立国語研究所・外来語委員会:
第1回「外来語」言い換え提案
第2回「外来語」言い換え提案


いろいろ長々と書きましたが,パソコン用語には私もずっと悩まされております。
と言うよりパソコン自体 に悩まされているのかもしれません。なにしろ家電とは較べものにならないくらい不安定なマシンです。 ごく普通に使っているつもりなのに,ある日突然変なメッセージが現れたり,固まってしまったりして, そんなときはほんとに「他馬的!」と叫んで相手(マシン)に跳び蹴りを食わせたくなります。
だからどうしても最低限の知識は必要で,カタカナ語にむやみに拒絶反応を示すのは得策ではありません。むしろ 日本語にカタカナがあったことはとても幸運なことで,その利便性は認めてあげてもいいのでは,と思います。 でなければ英語そのものを使うことになって,デジタルデバイドはもっと深まるでしょう(発音からして 英語の正確な発音にする必要あり)。
いずれにしろ,いつかはパソコンも家電並みの操作になり,パソコン用語といえば「スイッチオン/オフ」 (これもカタカナですが)だけになる日が来てほしいものです。